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9 11月 by Tkym

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問いの立て方次第で、思考の進め方は違ってきます。そして問いというものは、求める解のイメージによっても異なります。だからこそ夢は持つもの、ロマンは持つものです。まだみぬ解が、良い問いを生むからです。反対に、虚無的な姿勢で問いだけを立てても、大きな解には容易につながりません。というのも問いとその回答というものは、両者を合わせて大きな一枚の図を構成しているからです。虚無的な姿勢では、したがって絵自体が貧弱か、あるいはないか(もしくは自己意識だけ)になります。

そこで常に何かを望んで、アスピレーションを抱いて世の中を見ることで、問い自体も変化し、生産的なものになっていきます。問いを見つけてから答えを探すのではなく、答えをイメージして問いを見つける。何かを描こうとするときに出会う問いが大事です。

こういう解のイメージがないときの疑問とはどのようなものでしょうか? 自身の理解不足であるような事象について、その理解の不足している部分が疑問として浮上してきます。しかしながら、何歳になろうが、どのような博識の人物であろうが、そのような知識不足は常に抱えているものです。したがって、自分における不足について問いを立てるのではなく、例えばある分野への関心から問を立てるほうが、より実りがあるであろうと考えることができます。

 

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