月別アーカイブ: 2015年1月

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French leader declares ‘war’ on radical Islam after attacks

物騒な世の中になっていますね。私は以前から述べている通り、無責任な移民流入政策が誤りであり、その影響がいろいろな形で現れていると思います。

あほ論者が思うのと異なり、「人間が異なる環境に順応する速度」というものを考慮に入れない限り、議会政治を知らない地域からの移民を吸収することはできません。個人差があるうえに、商習慣、行政、議会、こういったものを本当に体験するのは、高校を卒業してからというのが一般的です。それも、パートタイム程度の関わり方だと、言葉の上では理解していても、体得はしていないという状態にとどまることも想像に難くありません。まさに有名な「言語ゲーム」の習得に関わる問題です。

言語ゲームの含意は、相互理解が難しいといった残念な一般論に収束することも多く、もはや知的関心を惹起するものではない、と言い切りたい向きもあろうかと思います。何事も切り捨てるべき要素を適切に切り捨てることが必要です。残念な一般論はこれまでも不要ですしこれからも不要です。多様性文化論はそもそもが間違いといっていいものです。

運用レベルまでを考慮にいれれば、その含意は明らかで、大幅に異なる言語慣習や現実世界の慣習に属する人間は、別の言語ゲーム体系に慣れるのには時間がかかるのだから、「慣れるための時間を考慮にいれなければならない」ということです。それが述べるのは、ちょっと話し合えば解消できるという次元の相違ではないからです。

それをわきまえているのなら、無制限に移民を流入させるという考えは捨て去るはずですし、移民の元の国の状態というものも、極めて重要な考慮要件となることも明白だということが分かるはずです。

しかし今の状態ですと、移民はそのまま流入し続け、警察は夜も眠らず警戒を続けるがついには弛緩して眠り、またまた何か事件が起き、政治家や評論家が気にするのは「反移民的雰囲気」という的外れな対象である、という状況が続くのではないかと懸念します。市民の不安に答えることはせず、間抜けな論者の顔色をうかがっているような議員はもはや活動の機会は与えられることもなくなることでしょう。

無責任な移民政策を改めず、治安を維持することもせず、世論の「反移民的風潮」を心配する政治家や論者の姿は、たとえていえば、屋根のない家の住人に、屋根をつけるための支援ではなくて、傘を配ろうといって人気を取ろうとするズレた人間に似ています。「雨さえ降らなければ、こんなことをしなくてすむのに」「雨がふれば、また「屋根取り付け支援派」を勢いづかせてしまうではないか」とこんな会話をしているように、私には聞こえてしまいます。

今回からは違うことになってもらいたいと願います。「屋根のない家に住む市民の不安をやわらげるために、傘を10万本用意しました」みたいな話は、遠慮したいところです。

また今のような移民政策を続けていて、なおかつイスラム原理主義グループと戦うというのも、自作自演のように思います。わざわざ危険な相手のネットワークを自国に広げるような真似をしておいて、「攻撃された」というのはいかがなものでしょうか。まず、移民政策を改めて、人の無制約な動きだけは阻止しないといけないのではないでしょうか。人命の危険は減りますし、すでに移住している中東の人々にとっても、過激派グループのリクルートや威嚇などの心配なく暮らすことができるようになります。

※欧州人が言うような移民政策は、同じ言語ゲームを共有している集団にしか通用しません。それも絶対必要というわけではありません。

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2015年始まりました。寒いけれどもいい天気でした。そろそろ頭も動かしていきたいと思います。

なんか昔借りて聞いたような気がするのでお気に入りに追加しました。
Club Nouveau – Rumors

プロモ Club Nouveau -Situation #9-

ううむ、楽しみ方がすぐには見えませんが、音色とかが懐かしくて聞いてしまいます。
ルース・エンズとかと同じような系統なのでしょうか。ルースエンズは一枚持っていますが、私が求めているような力強いファンクは、あちらの地元だと田舎くさいと思われるのかあんまりありません。こういうのを聞いているとR&B調のJPOPとかもいいなと思います。
ルースエンズはその後のおしゃれぽいR&Bが流行るさきがけというのか、単に時期的に少し前なのかというグループです。
Loose Ends – Slow down

こちらのほうが少し聞きやすいなと思いました。まあ好みなのでしょう。