月別アーカイブ: 2014年10月

10/16

Ebola crisis: Five ways to break the epidemic

アクションプラン。国境封鎖などをしないようにWHOは助言しているらしいですが、当事国は恐ろしくてそれは難しいでしょう。

挙げられている理由は、以下のようなもので、生活必需品が枯渇するからだそうです。

It has dealt a blow to their economies and food security will soon become an issue.

エボラ熱の患者に対処できない状況では、生活必需品の代償にエボラ熱患者を生み出して構わないとは言えないはずです。そこで以下のような助言がなされているらしいです。

Aid agencies are lobbying states to grant them humanitarian corridors.

普通です。危険性の高い伝染病であるなら、最初からこの態勢を目指したほうがよいのかもしれないと思います。国境を封鎖して物資を届けるという普通のやり方です。

それはそうと、アクションプランがあると、当面それに集中できるので少し気持ちが前向きになります。どこから手をつけようか、みたいな状況は不安になりますね。

10/13-2

Europe’s Austerity Zombies

不況・低金利下での緊縮財政の失敗についての論述です。スティグリツ氏はノーベル経済学賞受賞の経済学者です。

“If the facts don’t fit the theory, change the theory,” goes the old adage. But too often it is easier to keep the theory and change the facts – or so German Chancellor Angela Merkel and other pro-austerity European leaders appear to believe.

ケインズ派は不況・低金利下ではある程度の公共投資を容認しますが、その投資の内容は乗数効果の高いものが望ましいのは言うまでもないことです。緊急雇用のようなタイプの事業は、雇用される側としてはもちろん助かりますが、事業そのものに波及効果があるか、疑問なものもあります。つまり問いの形としては「同じ使うならどのように使うのがより良いか」ということで、上述の緊縮財政のように、単に事業を停止したり、事業を思いつかないからといって配給券をいきなり配ったりするのは新たな仕事を生むような波及効果に乏しく好ましくありません。セーフティネット系の事業もやはりITとか活用してより効果の高いことをやりましょうということです。経済的な面では乗数効果が、事業の実質的な面ではレバレッジ効果というのでしょうか、どれだけ大勢の対象者を効率的に扱えるかみたいなところが問われてくると思います。少ない操作で大勢の対象者に対処するにはIT技術は適しています。
 上記論述では税制についても触れられていますが、これに関しては国際的水準を無視できないので、一国の中だけでは議論は難しいと思います。日本の法人税は現実に高く、そのわりに税収にはつながらないので、それなら国際水準に合わせるべきだと思います。所得税にしても十分累進課税が行き渡っているので、消費税くらいしか税収を安定的に確保できる手段はないと思います。影響の緩和策が十分か、10%はいつかというのはたしかに考えるところであろうと思います。
 それにしても数年来与野党が一致して必要だと言っていた消費税増税が今年はついに実現しましたね。昨年の東京五輪招致といい、いろいろなことが動き出したなと思います。余計なことは考えず、この国の今と将来を考えていきたいものだと思います。不安をあおりながら、何かしようとすると妨害するといった奇妙な連中は、完全放置といきましょう。

10/13

Dallas Nurse Contracts Ebola Virus, Elevating Response and Anxiety

エボラ出血熱のニュースです。相当な警戒のされ方なので、感染者が爆発的に増えることはなさそうですが、不運にも感染してしまうという人が少数現れるという期間が続くような気がします。

有効な治療法を見つけることが最善の対策なんでしょうが、治療法が開発されていない病気はまだまだ多いと思います。

社会から課題がなくなることはないが、関わり方が分からないという人は多いのでしょう。無関心になるのは課題がないからでも進歩が行き詰ったからでもなく、自分自身をどうやって社会に関連づけていくのが見えないためではないかと思います。ニュースで流れている事を身近なところで可能なアクションに落とし込んでいくのは、まあ結構な時間がかかったりしますが、取り組む端緒としては常に有効な手段です。

行動単位で思考をまとめていくということは、別に珍しいことではありませんが、内省的で考えが煮詰まってしまう人には時におすすめしたい手法です。反対に、全部を利益単位で整理している人は、一度それを取り払って考える。利益単位で考えるということは、それは必ずある経済の主体に結びついています。しかし、それらの利益は必ずしも社会的利益ではないかもしれませんし、そうした見方だけをしていると、特定の事象の原因を解明するといった動機は利益がない限りは生じてこないということになります。利益というものは、既知の権益か、大勢が抱く期待値から得られることが多いわけですから、あるていど集団的合意のない限り、新規の事象解明の動機にはつながりません。しかし多くの人が予想できるようなものに本当の意味での新しさがあるのだろうか? それは疑問です。

「正しいものなんてない」といった見解であれば小学生でも抱けるものですから、そういうものは比較的多くの人が思いつき、そしてその結論の実りのなさを味わい尽くしたら、離れ去ります。

「よいものはある」「正しいことはある」「私自身を仕上げ、完成させる」といった多少とも責任を伴う内容のことは、まさにその理由によって多くの人に忌避されます。「人生は一度しかない」と暴走族は時々正しいことを述べますが、自分という相を取ることなしに、相を取らない見方をすることはできません。自身への執着というものは、常にとはいえませんが、社会とのつながりを築くきっかけになるように思います。承認の不要な自己というものを見つけ出すことが、社会からの部分的な承認を価値あるものと思わせてくれるようになります。自分自身というものは、誰のどんな承認も許可もなしに堅く立つことができます。言い換えると、社会のどのような承認も、自分を自分たらしめるには至らないようなものです。そして自分であるということは、生きているうえで決して十分ではないということです。

雨にあたって虹見たということを前の記事で書いたんですが、それから少々風邪気味になってしまいました。やっとよくなりました。

10/8

急に雨が降ってきたと思うと晴れるという天気で、私も雨DSC_0046に当たりました。こういう天気だと虹が見えます。二本かかっていたので写真にとりました。

U.S. air campaign against Islamic State isn’t achieving its aims
アメリカとしては、一緒に戦う国が十分増えない限りは地上戦はやりたくないのだと思います。参加する小国は安全に勝てるのでない限り出ていきたいとは思わないのでしょう。相手側は駐留米軍以外は恐れていないということが良くわかると思います。アメリカが、中東の治安回復の責務を引き受けざるを得ず、西側諸国がそのコストを分担することになるのか、あるいは、アラブ諸国から真剣な要望がない限りアメリカは動かないという選択肢もあるかもしれません。後者はしかしながら、選びにくい選択肢には違いありません。国際社会は大勢の難民の引き受け手を探さなくてはなりません。

国際的に大規模に何かをするという機運がなかなか高まらないのが残念ですね。中国的・儒教的な目先だけの功利外交というものは実際には賢くもなんともありません。どこも損になることはしなくなるので、世の中は停滞するのです。停滞した世の中では「利得そのものが減少する」ということを知ることです。5大国が率先して自己犠牲的な精神を見せていけば、あるいは追随する国も増えるかもしれません。結局のところ、アメリカとEU諸国以外はそういうことをすることはないような気がします。 自己犠牲というと語弊があるかもしれないので、見返りの保証のない初期投資のようなものかもしれません。株券もなく、借用書もない労力の投資ということになるかと思います。上記の場合で得られるのは数千万人が享受するであろう秩序と日常生活です。

この国に関して言えば、主要西側諸国の姿勢に応じていればよいと思います。それ以上のことをする必要はありません。彼らがしないことなら、こちらも敢えてする必要はないと思われます。