月別アーカイブ: 2014年6月

6/30

England World Cup flops must give Steve Peters’ brain training time to work

優勝候補に挙げられていて、予選で帰るというのは、たとえていえばアメリカ横断ウルトラクイズで、「前回優勝」のタスキをかけていながら、そして大画面で紹介され観衆のどよめき(「それがどうした」というつぶやきを含みつつ)を受けながら、○×クイズで間違えて田舎に帰るようなものなのでしょう、きっと。メンタルトレーニングのことが書かれていますが、私はメンタルを持ち出すのは最後の最後のことと考えています。北海道の高校野球は、よく大敗を喫していますが、0-10の試合で選手が自信満々にプレーしていたら、「とうとうこの星はオカシクなってしまった」と思うことでしょう。勝てると思えるなら、自信を持てるわけなので、メンタルトレーニングも、体調管理の一環くらいにおさえておくとよいのではないかと思います。何でも基本は技量(練習)です。

ストレス、焦りといった心的な状態の探知は、本人の主観であらざるを得ないわけですが、ある心的な状態は、精神物理的な何かのシグナルであり、対処できるかもしれません。そうした対処方法を個々の選手が知るのは悪いことではないと思います。それも技量のうちと私は思います。北北海道代表の高校野球を真面目に応援していたころ(今も応援はしていますが、試合を見る機会が減りました)を思い出しますと、まずは練習工程を再考して設計することが一番大事なことだと思います。13点目の失点を強靭な精神力で防いだといっても勝敗は動きはしません。繰り返しですが、その状態で選手が全員不敵な笑みを浮かべていたら、どうなんでしょうか。どういう角度から眺めたって「ついにこの星はオカシクなった」そう判断せざるを得ないのではないでしょうか。

と書いてましたら、以下の記事。”単に精神的なものだ”。まあ十分力のあるチームならそういうこともあるかもしれないでしょう。ただ、私なら、「もっと強くなれば、自信は自ずとつく」と申し述べたいと思います。

Andy Dunn column: England’s World Cup campaign has been just mental

 
 

6/24

BBC News Struggle for Iraq

2003年、アメリカを中心とした国々がイラクのサダム・フセイン政権打倒の軍事行動を起こす。この軍事行動の中心は、アメリカとイギリスで、西側諸国の多くはそれを支持していた。

2011年にアメリカ軍が撤収。当時オバマ政権は小規模のアメリカ軍駐留をオファーしたとされるが、イラク側に断られる。

そして2014年、イラクでスンニ派の反政府軍が蜂起。いくつかの都市を陥落させ勢力下に収める。

こういう流れを見ていると、今日のイラク情勢は国際社会の行動の結果の一部に見える。フセイン政権打倒は国際社会の意向だが、撤収後の内戦には関知しない、というわけにはいかない。

撤収はアメリカ国内の世論に沿うもので、その意味でいいニュースと受け取られた。だから、イラクに断られたことだけが撤収の理由とは考えにくいことである。このたびの内戦は、撤収を主導した主体にとっては、起きて欲しくないこと、起きなければよいと希望したいことだっただろう。内戦がなければ、オバマ政権は、今、議会選挙の年に「実は駐留をオファーしていた」と言う必要はなかっただろう。

起きて欲しくない事故、事件はある。それは、何かを為すそのときに可能性として存在していると考えるべきものである。撤収するそのときに、起きて欲しくない内戦を起こさせないための、何らかの策があった(かあるいはなかったかもしれない)と考えると、その策と実際の事象の推移を比べるのは意味のあることである。そのような策は撤収のそのときから実行していないと危険と不確実性は拡大する。

と、簡単にいえば、車を運転するときに、事故を起こしたくない。運転するそのときに、事故を起こさせないための心構えをする。誰でもしていることである。一つの行動を為すときに、起きて欲しくないことを起こさせない準備を合わせて行うことが重要である。

再帰的な思考をもって、起きていない現実の出来事の数々に適用すること、リスク管理はこのようなことの繰り返しと言えるかもしれない。そういう観点からすると、イラク内戦において、撤収の是非は問題ではない。それは民主的に選ばれた大統領の決断なのであるから。それに伴う策の評価が重要であるといえる。そのような策がないか乏しいか、まったく効果がないような時に、決断自体が大きく評価を損ねるのである。

つまり、まぐれあたりの決断の一つや二つは、現実の無数の出来事の流れにあってはさして重要ではない。常に判断はしなければならないからである。将棋で、一手たまたまプロ棋士の指し手と一致しても、ただちに勝ちにつながらないのと同様である。決断の奇跡的な正しさに頼るのではなく、それによって起きること、起きてほしくないことをマネージすることによってゴールが近づく。

以上ですが、この状況から、和平をもたらすというのは、非常な困難時に見えてしまいます。アメリカのような大国の代表者を務めるというのは、随分重労働だと思います。上述した事情から、アメリカを中心とした国々が事態収拾の行動を起こせば、国際社会はおそらく支持するでしょう。ブッシュ大統領がイラク戦争を引き起こしたから、世界がイラク問題に協力しないと考えるのは早計だと思われます。

 

6/20

Bahia Black のFollow meです。

SHABBA RANKSのTHE JAMをアップしました。懐メロですが、今日聞いていて、懐かしかったので。この曲にはKRS-1が出演。ダニー・グローバーと同じ匂いがする人で、リスペクトのない人間を許せない性質(たち)で、そういう人間がラップしているのを見るとマイクを奪うそうです。ラッパーとは実に危険な職業です。

6/17

新幹線車内の清掃の様子を海外メディアが取材。普段あまり気にとめない光景ですが、改めてみると作業工程は大事ですね。下手すると枝葉末節に拘泥しているとか言われそうですが、そういうときは恐らくは、工夫を無駄にしないためにはマネジメントが然るべき仕事をしないといけないのであって、現場レベルできる工夫はとにかくもしておきたいものです。

6/15

Iraq, Syria and the Middle East – An essay by Tony Blair

Indeed we now have three examples of Western policy towards regime change in the region. In Iraq, we called for the regime to change, removed it and put in troops to try to rebuild the country. But intervention proved very tough and today the country is at risk again. In Libya, we called for the regime to change, we removed it by airpower, but refused to put in troops and now Libya is racked by instability, violence and has exported vast amounts of trouble and weapons across North Africa and down into sub- Saharan Africa. In Syria we called for the regime to change, took no action and it is in the worst state of all.

トニーブレア氏語る。シリア内戦のときに西側諸国が何もしなかったのが、今日のイラク情勢悪化につながっている。何もしなかったシリアのときが、リビア、イラクよりも悪い状態になった。どんな対応をしても事態はそれほどよくないが、何もしないときに一番ひどい。

・・・Where the extremists are fighting, they have to be countered hard, with force.

・・・Longer term, we have to make a concerted effort to reform the education systems, formal and informal which are giving rise to the extremism.

・・・The point is that we won’t win the fight until we accept the nature of it.Iraq is part of a much bigger picture.

イラク戦争で批判されることもあるブレア氏ですが、今も中東問題や教育問題で活躍中です。上記に加えて私が思うのは、過激派への対処というときに、それが政治化される傾向をできるだけ弱める必要性です。EU議会選挙で右派が躍進すると、なぜか「一般市民はそれに立ち向かわなければならない」といった論調が出ますが、それなどは政治化の一例です。市民に支持されるために努力しなければならないはずの政治家が、なぜ一般市民を彼らの政治闘争の先頭に立たせようなどとするのか? 市民を盾に使い、鉾に使い、あげくに当選すると何もしないか特殊な政治団体の利権のために策を弄する。そんな人は初めから立候補しないほうがよいに決まってます。政治家は、「私はみなさんに支持されるだけの人物である」と堂々と訴えて欲しいものだと思います。ハマスのようなイスラム過激派が選挙で勝ってしまうという現実を変えるためには、治安、経済、社会制度などで支持される見通しを打ち出していかないとならないとおもいます。もちろん、「かつての過激派が、穏健派になり、政治政党として成長を遂げた」というのも立派な話ではあると思います。いつかそういう時が来るのでしょうか。