月別アーカイブ: 2013年2月

2/17

moody’s moodをいくつか。
原曲がいいためか、どれを聞いてもよく聞こえます。次にあげるのは、amy winehouseです。今日初めて聞いたのですが、いいです。

次はbill laswell。このバージョンは私のお気に入りです。プロデューサー alan douglasが「この年の傑作になるでしょう」と自薦していたのに、うなづいたものでした。つくった側としては、ついにヒッグス粒子を発見したみたいなテンションになったかもしれません。ストリングスが入ると、下手すると、べたべたっと甘いものになって、締まりがなくなってしまうのですね。後半の”blow,if you ~”のくだりはとてもいいです。

次は故chuck brownです。”it don’t mean a thing”から始まるメドレーはとても素晴らしいです。さすがアメリカの人間国宝です(これは本当です)。

2/17

G7、G20も終わり、当たり前の金融緩和が当たり前のこととして通るということが確認されたようです。それはそうでしょう。固定相場採用国が地球上から全てなくなる前にする議論とは思えません。思い出したのが、プラハ合意の時期のこの国です。プラハ合意というのは人為的に円高をつくり出す、為替操作措置でした。この国はそうした人為的操作にも応じて協調してきました。またその時期には首相が、1人100ドル外国製品購入運動などを唱えました。これらは内需拡大努力です。

こうした努力を思い返すにつき、新興国は固定相場やドルペッグ制を直ちに止め、内需転換のペースを上げないといけないと感じました。外需依存の国々は、内需をもっと拡大することで、世界経済の急変に対してある程度の抵抗力を持つことができるようになります。※ドイツのような超先進国がいまだに外需比率が高いのには少し驚きました。どんな要因があるのでしょうか。

・TPP参加は避けられない

プラハ合意などは、日本経済にとっては大きな転換点であり、その効果には長短入り混じっているとはいえ、避けられない変化であったと考えられます。TPPもそのような変化の1つだと私は思っています。アメリカとEUのFTA協議が始まろうとする現在、その流れは世界の新たなプラットフォームになることは明白です。遅かれ早かれその中に入るのなら、今から準備をしたほうがいい。予想されるネガティブなショックにはカウンターポリシーを用意しておくのです。

意味と認識~理論の展開空間の構成~相対性理論の観念的理解について他1篇へのリンク

2/15

意味と認識~理論の展開空間の構成~相対性理論の観念的理解について他1篇へのリンク

でじたる書房さんに置いてもらいました。「空間の構成(800円)」では、科学理論の観念的理解をテーマにしています。ある理論を理解していると客観的に判定する基準としては、関係する定理、命題、方程式などを正しく記述により再現できるかどうかというものがあります。仮にわかっていなくても、再現できるなら客観的には分かっているということになるわけです。これは妥当な判定法です。

しかしながら、どのように分かっているのか、それを筆記者自ら書いたり述べたりすることにはいかなる妨害も、禁止も存在しません。それを押しとどめることはいかなる地球人にも不可能です。きわめて正当に推測できる事態として、「この人は、たまたまこれらの命題を再現はできていたが理解の仕方を聞いてみると、これから後再現に不正確さが生じるだろうと推測できる」といったものがあります。したがって、客観的判定法だけが理解の基準というのは正しくありません。その方法ではカバーできないエリアがあるからです。理解の主観的申し立てによって、より迅速に理解の程度を測定できるケースがあるからです。行動主義の弱点あるいは、一面性というのはそのあたりに出ています。「おのが理解」の表現を充実させたといって、誰も困ることはないのです。自分の理解の仕方を確かめればよいときに、ご丁寧に同じ等式・不等式を書くのは、あまり洗練された手法とはいえません。

話は例によって逸れましたが、観念的理解とは、知識を有機的に統合する1つの方法です。どうぞお楽しみください。

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2/8 ISBN取得したときのこと

今日、ISBNをつけて2冊目を準備し始めて、かなり前にISBNを取得したときのことを思い出しました。微々たるものですがお金もかかるし、自分で書くだけでなくて、諸々手続きをするのも少し億劫と思っていたこともあり、資料がどさっと届いたときには、気持ちが沈みました。きっと、たぶんなんですが、自分がだれか有望作家を売り出そうとしてこの手続きをしているのなら、資料が届くのが待ちきれなかったと思います。

単純に好きだからできるとか言う人がいますが、本当、それは単純です。1つのものをつくり出すにあたっても、どのアスペクトなら高揚する、というのが必ずあるもので、どれをやっても好きだからできるというわけではありません。協働作業ともなれば、高揚する部分が多様であるのが望ましいということになるのでしょう、だからメンバーは多少でこぼこなのがいいのかもしれません。してみれば、1人でやるのなら、日によって気分が違うぐらい、むら気があったほうがいいのでしょうか? そのほうが案外いいのかも。

話は少し変わりますが、助言というのは助言した相手の成功を自分の養分とするぐらいに、相手を見ていないとあまりお役にたてるようなことは言えないものです。そして、そういう気持ちがあれば100のうち99までは「好きならできるはず」というフレーズは出てこないでしょう。そんな簡単な話じゃあないから相談をされているわけですよ。