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自衛権について簡単にいうと、自衛権には不可分に集団的自衛権が含まれていますので、自衛権=集団的自衛権ということになります。これは必然のことで、他の結論はありえません。集合の中で、自分に自衛権を認めるのであれば、他人の自衛権が毀損されそうな事態が起きたとき、それは保全されるべきものと考えなければならないからです。他方孤立した個人に限定するなら、自衛権などという言葉が意味を為さないのは明らかです。

自由な個人に立脚したものが国家主権だと考えれば、その国家の自衛権というのは、当然に・必然的に同種の、自由な個人に立脚した国に及びます。権利というよりは、責務と呼べるでしょう。自由な個人に立脚した国同士の約束事によって世界の秩序は維持されなければならないからです。

したがって、その点で議論の余地などもとよりありません。議論することがあるとしたら、範囲のみです。当然民主主義国家かつ友好国には及ぶでしょうが、そうでない国には及ばないと私は思います。実際、一党独裁の共産党政権がエイリアンに攻撃されたらどうするのか? おそらくこの国で、今、集団的自衛権に反対している人々は「彼らを助けよ」と絶叫するでしょう。それはちょっとした見ものでしょう。しかし、私は、内心では援助するべきだと思いつつも、「どうしてそのような政治体制の国が救われなければならないのか、慎重に議論するべきだ」と述べたいと思います。むろん、少し頭を働かせれば、しっかりしとした理由のもとそのエイリアンと戦うことができます。しかし、あなたがたは一体今まで何をしてきたのか、少しは自覚してもらいたいと思います。

それにしても、どうして民主的な友好国を手伝うことにそれほどまでに反対するのか。理解に苦しみますね。

 

 

 

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