8/16

Inside Amazon: Wrestling Big Ideas in a Bruising Workplace

アマゾンの職場レポだそうです。

“purposeful Darwinism,” one former Amazon human resources director said.

社会ダーウィニズムは、忌避される考え方であり、有名なところではスターリン、毛沢東などの社会実験が挙げられます。

ここでは、意図的に敵対的な競争環境を従業員の間に引き起こさせる手法がそれにあたります。それがなぜ忌避されるのか。箱庭をつくる人間が片方にいて、そこに追いやられる人間が片方にいる、そのような構図でなければ成り立たない実験だからです。

もっともアマゾンの場合は、それなりに給料も良いでしょうし、実際に辞める人も多いようですから、むりにやらされているとも思わないのですが。実際にサービスを生み出しているところは、前述のような政治的社会実験の類とは違いますし。カルト宗教などは、社会に何も生み出さずに、立場の弱いメンバーから金を巻き上げるわけですし。

まあしかし、箱庭系の映画をつくったり、高く評価して喜んでいるような人間は、批判的な認識力に欠けているように見えます。「箱庭の神様」は、封建時代から、政治・宗教・企業・社会運動・社内派閥のたぐいに至るまで、出現しますが、個々人の自由を尊重する社会のありようとは明らかに異なるという明白な理由によって、そのようなものを尊重するべきではないのは明らかです。現実があってもそれをわざわざ追認する必要もないのです。

「個々人の自由の尊重」からは「他なるものの自由を侵害しない範囲での自身の自由」という規範が特に苦労することもなく導かれます。分かりやすい原則が一番だと思いますね。ただ「個人の自由」というだけですと、「そうだ、私は箱庭の神様になる」といえますが、「個々人の自由」ということで、そのような言明を為す可能性がなくなってしまいます。つまらない、教条的な、人権や権利の絶叫も不要ですし、言葉狩りをする必要もありません。ちょっとした違いが大きな違いになる例だと言えます。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.