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Man’s Genome From 45,000 Years Ago Is Reconstructed

Humans and Neanderthals interbred 50,000 to 60,000 years ago, according to the new data.

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Some scientists believe that humans expanded out of Africa in a series of waves.

But Christopher Stringer, a paleoanthropologist at the Natural History Museum, said that the new study offered compelling evidence that living non-Africans descended from a group of people who moved out of Africa about 60,000 years ago.

Any humans that expanded out of Africa before then probably died out, Mr. Stringer said. 

かなり以前には猿人からクロマニヨン人という一直線の進化という説明が為されていました。今ではアフリカの人類と、アフリカから出た今の人類のグループがネアンデルタールと混ざり今に至るという見方が支持されているらしい。

上の引用では、ネアンデルタールと合流する以前にアフリカから出た人類は生き延びられなかったと述べていますね。気候など環境への適応の問題なのか、ライバルとなるグループに阻まれていたのか。

ちなみに日本人というのは、living non-Africansのグループに入るということ。

考古学というのは、正当な証拠が時代とともに増えていくタイプの学問なので、今後ネアンデルタール以外の原人類グループの遺伝子が今の人間のうちに特定されることがないともいえません。しかし、いまだに未発見の原人というのは、可能性は低いですか。

ところで、時々の段階でストーリーをつくってしまうのは危険な気がします。以前には、現在の人類は広義の霊長類群の中で唯一の勝者であり、その勝者の中でいろいろな差異があるというような説明がされていました。

こういった、証拠の量に依存した命題を、安易に世界観哲学的なものに組み入れてはいけないということがよくわかります。クロマニヨンが唯一の勝者ないし生き残りであるという命題からは、平等論も強者生存説も導くことができますが、今に至りはっきりしているのは、どちらにしても不十分な証拠から導いているというそのことです。

現生の人類のありようの認識、そしてそこから形成する「あれかし」という目標は、深遠な世界観でもなければ、真理でもないという自覚のもとでなら、不十分な証拠に依存しないという意味では勝ります。

「世界の内奥の真理」といった装飾を施された臆見は、しばしば登場してきますが、それらがどのような命題や証拠に立脚するものであるかを観察すれば、いつまでも惑わさなくて済みます。大事なのはそのようなことではなく、上に挙げたように、この現生をどうとらえ、どうあらしめていきたいかです。それが、たとえ他人からの保証書がなくとも、人の想いや行動を前へと動かすのではないかと思います。

ちょっとした断片から、人は自分が内心信じたがっていた厭世的思想の証拠が発見されたと思いこむことがありますが、疲労・過労は休息や終末を求めるものです。体調のよいときの自身の考察と比較すれば、健康状態が思考に与える影響をある程度測ることができます。働きすぎの状態は休息できる証拠を、仕事に飢えているときは、大きな変動が近いという証拠を望みます。自身のいろいろな状態を貫いて現れるテーマのようなものが人それぞれあり、それが一般にいうところのやりがいのある仕事ということになるのでしょう。

 

 

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