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BBC News Struggle for Iraq

2003年、アメリカを中心とした国々がイラクのサダム・フセイン政権打倒の軍事行動を起こす。この軍事行動の中心は、アメリカとイギリスで、西側諸国の多くはそれを支持していた。

2011年にアメリカ軍が撤収。当時オバマ政権は小規模のアメリカ軍駐留をオファーしたとされるが、イラク側に断られる。

そして2014年、イラクでスンニ派の反政府軍が蜂起。いくつかの都市を陥落させ勢力下に収める。

こういう流れを見ていると、今日のイラク情勢は国際社会の行動の結果の一部に見える。フセイン政権打倒は国際社会の意向だが、撤収後の内戦には関知しない、というわけにはいかない。

撤収はアメリカ国内の世論に沿うもので、その意味でいいニュースと受け取られた。だから、イラクに断られたことだけが撤収の理由とは考えにくいことである。このたびの内戦は、撤収を主導した主体にとっては、起きて欲しくないこと、起きなければよいと希望したいことだっただろう。内戦がなければ、オバマ政権は、今、議会選挙の年に「実は駐留をオファーしていた」と言う必要はなかっただろう。

起きて欲しくない事故、事件はある。それは、何かを為すそのときに可能性として存在していると考えるべきものである。撤収するそのときに、起きて欲しくない内戦を起こさせないための、何らかの策があった(かあるいはなかったかもしれない)と考えると、その策と実際の事象の推移を比べるのは意味のあることである。そのような策は撤収のそのときから実行していないと危険と不確実性は拡大する。

と、簡単にいえば、車を運転するときに、事故を起こしたくない。運転するそのときに、事故を起こさせないための心構えをする。誰でもしていることである。一つの行動を為すときに、起きて欲しくないことを起こさせない準備を合わせて行うことが重要である。

再帰的な思考をもって、起きていない現実の出来事の数々に適用すること、リスク管理はこのようなことの繰り返しと言えるかもしれない。そういう観点からすると、イラク内戦において、撤収の是非は問題ではない。それは民主的に選ばれた大統領の決断なのであるから。それに伴う策の評価が重要であるといえる。そのような策がないか乏しいか、まったく効果がないような時に、決断自体が大きく評価を損ねるのである。

つまり、まぐれあたりの決断の一つや二つは、現実の無数の出来事の流れにあってはさして重要ではない。常に判断はしなければならないからである。将棋で、一手たまたまプロ棋士の指し手と一致しても、ただちに勝ちにつながらないのと同様である。決断の奇跡的な正しさに頼るのではなく、それによって起きること、起きてほしくないことをマネージすることによってゴールが近づく。

以上ですが、この状況から、和平をもたらすというのは、非常な困難時に見えてしまいます。アメリカのような大国の代表者を務めるというのは、随分重労働だと思います。上述した事情から、アメリカを中心とした国々が事態収拾の行動を起こせば、国際社会はおそらく支持するでしょう。ブッシュ大統領がイラク戦争を引き起こしたから、世界がイラク問題に協力しないと考えるのは早計だと思われます。

 

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