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8時30分に学校にいき15時30分に学校を出るとしたら、7時間くらい学校にいることになりますが、学校がこの間提供するものは何かといえば、年間を通して行われる「授業」であることは明らかだと思います。先生方は授業以外の時間に、児童や生徒の心や人間関係もケアしないとならないと言われているようです。

しかしながら、どんな教科であれ授業を目的とできないような7時間は、ただ噂話や給食、下校後の遊戯計画立案のための時間になってしまい、「主目的が喪失されている」ということからくるさまざまなひずみは解消されることはないでしょう。どんな組織でもそうですが、目的がなくなってしまえば、主な仕事は雑談やゴシップになってしまいます。

ですから、重要なのは児童・生徒がどれか1つでも授業に興味を持てるように仕向けることではないかと思います。授業にまったく無関心であったが、心が豊かになり、人間関係が円滑になり、それゆえについに授業に興味を持つようになる、という道筋もないではないと思いますが、1人の先生が数十人の受け持ちのこどもたちの心を豊かにする手伝いをして、人間関係を円滑にせしめるという難事を成し遂げられるのでしょうか。また児童生徒の長所を見つけるといっても、授業とまったく関係のないことであれば、教師の資質に頼った激励をせざるを得ないということになります。これは運だのみです。

なので「学校は学芸を学ぶところ、それを通じて自分の可能性を見つけるところ」という目的をしっかり持っていて欲しいと思います。そのために来ていると思えるような場所になれば、心や人間関係のサポートもより効果的になるものと思います。もしも学校が、「授業はどうでもよくて心を豊かにするためだけの場所」だというのなら、滞在時間の大半がそのどうでもよいことのために拘束されている時間ということになります。授業を通じて児童・生徒を動機づけるのが学校や先生の第一の仕事で、それに付随して悩みであるとかもめごとに対応するという仕事があるのではないかと私は思います。

どうでもよいとされる大学の講義であっても、一番前で真面目に聞いてみますと、必ずその人の得意とする分野についての参考になる話を聞けます。どんな研究をどんなふうにしていたのか、しているのかを聞けるとしたら、別につくったような人生訓めいたものなどいりません。

 

 

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