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雑談での中で、進学する力を教えることと基礎学力を教えることの違いという話題が出た。基礎学力は、読み書きに簡単な計算、ある程度の語彙力、このくらいだろう。基礎学力があれば、社会生活は可能だ。もともとの資質や性向と合わせて成功する人間もおそらくたくさんいる。

進学力は、それに対して、比較的高い収入の見込みとか期待を持ちやすくなるのは間違いない。それが、ある種の専門性と現実に一定の連関を持っているからである。

社会が、どのような組み合わせでこれらを提供するべきなのか。どこからが自由競争に委ねるべきで、どこを社会資本として提供するべきなのか。そう問われれば、基礎学力は社会的に用意することが、社会全体の利益にかなっており、進学力は自由競争が適していることは容易に推測できる。基礎学力が失われてしまうと、社会との関わりを失う個人が増えることが懸念される。

進学力を切り離してみたとき、基礎学力の生産性を向上することは、考慮に値する課題だ。県立高校の部活が、指導次第で、県大会の上位に進出するという経験則を考えてみても、ごく普通の資質の人間が、中学、高校の間に、指導次第でかなり成長するのは確実である。基礎学力のうちに入れると効果がありそうなのは体験学習や多言語習得である。外国語は、本質的に進学力とは異なる。言葉を扱うという基礎的学力に入る。専門分野に進むときには使う外国語も専門的なものになる。

ところでプログラミングはどの位置に来るのだろうか。パソコンなどの機器を使って勉強することは基礎的な学習項目に入る(辞書や図鑑で調べてレポートを書くのと大きな違いはない)。プログラミングも図画、工作のようなものだと考えれば、基礎的なものかもしれない。木材で何かつくるようにして、プログラムで何かをつくると考えると、それほど大きな違いもないのかもしれない。

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