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President Obama: Libya aftermath ‘worst mistake’ of presidency

Probably failing to plan for the day after, what I think was the right thing to do, in intervening in Libya.

下の年表見ると、国連がまた実施の伴わない宣言を出していたようですが、なぜそんな組織をそもそも使うのか? 彼らを使うべきではないし、彼らは何もしなくてもいい。閉鎖するべきです。それはともかく、アラブスプリングは危険を伴う運動だったことが分かります。運動そのものは、起こさせないことはできないですから、世界はそれを推進にかかるべきだったのか、というのが論点になりますが、推進するなら相当なサポートが必要であったという結論になるかと思います。もっとも、「反乱軍、ゲリラへの支援はするべきはない」というのは、そろそろ主流見解となってもらいたいと思います。

アラブスプリングに関わることになったのは、イラク・アフガン撤退という念願がかないかけていたアメリカにとっては、予定外のことだったと思います。まだまだ両国には経済的・軍事的支援が必要(相当なサポート)であったはずで、私はそれが非常に残念です。

20世紀の戦争はもっぱら覇権戦争でしたが、1990年以降あたりから、警察行為としての戦争(あるいは警察行為を擬した戦争)が増加しました。疑似警察戦争の場合の利権、警察戦争の開始と終結、そして事後処理。こうした点の方法論が十分練り上げられていないように見えます。疑似警察戦争においては、参加する兵士に恩賞がふるまわれるわけではなく、警察行為を主張する戦勝国も表立って莫大な権益を獲得したとはいいにくい。兵士を送り出す国民が、警察行為という大義名分を信じるのなら、権益にもならず、自国が攻撃されたわけでもないような警察戦争に疑問を抱いても不思議ではありません。これまでの警察戦争の事後処理が足りないように見えるのは、こうした戦争の結果をサポートし続ける動機づけが少ないからではないかと思います。

警察戦争では、いずれ諸国が参加義務を負うということになると私は思います。

February 2011: Protests against Colonel Gaddafi’s regime erupt in Libya

March 2011: UN Security Council authorises a no-fly zone over Libya and air strikes to protect civilians

October 2011: Gaddafi is captured and killed by rebel fighters

2012: Splits emerge as the transitional government struggle to rein in local militias

September 2012: The US ambassador and three other Americans are killed when Islamist militants storm the consulate in eastern Benghazi

June 2014: Disputed elections are held. Two governments are formed: one in the capital Tripoli, the other UN-backed administration in eastern Torbruk

January 2015: The UN announces a new interim government but it is yet to take charge


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